サルヴァトーレ・フェラガモ 【 SALVATORE FERRAGAMO 】 イタリア

【プロフィール】

サルヴァトーレ・フェラガモ【 SALVATORE FERRAGAMO 】イタリア



    サルヴァトーレ・フェラガモ SALVATORE FERRAGAMO
    1898年 イタリア、ボニートで貧しい農家の14人兄弟の11番目
          として生まれる。9歳で職人の道を目指す。
    1914年 渡米 ハリウッドで靴屋を開き。映画スターなどが
          手作りのフェラガモにオーダーするようになる。
    1927年 フローレンスに戻り工房を作る。
    1947年 ファッションのオスカーと言われるNeiman Marcus Awardを受賞
    1960年 死去後 妻ワンダと子供達が後継する。
    2000年 エルメスなどで活躍していたマーク・オディベがレディスデザインを担当。
    2002年 初のスニーカーライン「FREEDOM」が登場。
    2003年 アルマーニにいたグレエム・グラックがデザイナーに就任
    クリスティナ・オルティーズ(Cristina Ortiz)
    2010年 新クリエイティブディレクターにフェラガモに10年在籍した
    マッシミリアーノ・ジョルネッティ(Massimiliano Giornetti)を指名。


【公式サイト】

【関連サイト】

    【URL】 サルヴァトーレ・フェラガモ - Wikipedia
    サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo, 1898年 - 1960年)は、イタリアの靴を専門とするファッションデザイナー。または彼が創設したブランド。ブランドとしてはフェラガモと略すことも多い。
    【URL】 サルヴァトーレ・フェラガモ
    サルヴァトーレ・フェラガモは1898年、ナポリ近郊のボニート村に生まれました。思春期を迎える前から靴に対する旺盛な情熱を既に見せ始めていました。 11歳でナポリの靴屋の見習いとなり、13歳でボニート村に自分の店を構えました。
    当時、サルヴァトーレは、自分が将来本当に何をやりたいかというを判っていました。それまでやや下賎な職業だと考えられていた靴職人の地位を高めることと、機能的にもデザイン的にも完全な靴作りを目指すことで質の高いクラフトマンシップの概念を現実化することでした
    ■アメリカでの冒険
    サルヴァトーレは14歳でアメリカへ渡り、ボストンの靴会社で働いていた兄弟のところに身を寄せました。ボストンで彼は近代的な機械に魅せられたものの、同時に不満も募らせました。「こんなのは靴づくりじゃない!」20年代前半にはカリフォルニア州サンタバーバラに移り、靴の修理店を開きました。

    ■映画との出会い
    カリフォルニアは映画産業が繁栄する夢の土地でした。サルヴァトーレは西部劇用のカウボーイブーツや、著名な監督による歴史大作映画用サンダルなどの製作を始めました。それを履いた男優や女優はサルヴァトーレのつくる靴の美しさと快適さのとりこになり、プライベートの靴の製作も依頼するようになりました。一方、サルヴァトーレ自身は「パーフェクトにフィットする靴」をたゆまず追求し続け、仕事のかたわらロサンゼルス大学で人体解剖学、化学工学、そして数学を学びました。
    ■成功と神聖化
    映画産業がハリウッドで勃興するのを機に、サルヴァトーレ・フェラガモは1923年、「ハリウッド・ブーツショップ」を開店し、「スターの靴職人」としての人生をスタートしました。メアリー・ピックフォード、ルドルフ・ヴァレンチノ、ジョン・バリモア・ジュニア、ダグラス・フェアバンクス、グロリア・スワンソンといった有名なスター達がサルヴァトーレ・フェラガモの上得意客となりました。
    サルヴァトーレは女性の靴をより優雅にそしてより快適なものにしただけでなく、自身初のサンダルもつくりました。店があまりにも繁盛し注文をさばききれなくなり、いよいよ事業を拡大すべき時が到来しました。
    ■フィレンツェという選択
    しかし、彼が本当に望むような質の高い靴を、アメリカ人労働者の未熟な技能ではつくることができなかったことから、1927年、サルヴァトーレは熟練職人の伝統を持つイタリアのフィレンツェに戻る決断をしました。 そして、フィレンツェにあるサルヴァトーレの工房から、アメリカへ靴を輸出し続けたのです。この工房では、すべての職人が専門化された作業を手仕事のみで行っていましたが、新たに流れ作業の生産ラインシステムも導入しました。
    ■国内市場のサポート
    1929年に始まった大恐慌により、アメリカ市場との関係が突然中断されてしまい、会社は倒産の憂き目に会います。しかしサルヴァトーレはこれをバネとし、国内市場にエネルギーを振り向けました。事業はきわめて順調に推移し、1936年には2つの工場とトルナブオーニ通りにあるスピーニ・フェローニ宮殿に出店をするほど成功しました。当時のイタリアはムッソリーニの統制経済下にありましたが、この時期にサルヴァトーレ・フェラガモは頑丈で軽いコルクでできた「ウェッジ」シューズを発表するなど、彼の作品の中で最大級の人気モデルをいくつも制作しています。
    当時はあらゆる物資が統制されていたため、レザーやスチールを靴に使用することができませんでした。そのような逆境に対してサルヴァトーレ・フェラガモは創造力を駆使し、コルク、金属の糸、ラフィア繊維、フェルト、ガラスに似た合成樹脂等の革新的な素材を次々と彼の靴に採用していったのです。
    ■宮殿と家族
    1938年には、後にサルヴァトーレフェラガモの本社となるスピーニ・フェローニ宮殿全体を購入するために、第1回目の割賦払いをするところまで事業は成功しました。1940年、サルヴァトーレはワンダ・ミレッティと結婚し、3男(フェルッチォ、レオナルド、マッシモ)3女(フィアンマ、ジョヴァンナ、フルヴィア)に恵まれました。
    ■再び国際的な成功
    戦後、サルヴァトーレフェラガモの靴は復興の兆しの見えてきたイタリアのシンボルとなりました。また、この時期にはいくつもの忘れがたい新モデルが誕生しています。マリリン・モンローによって一躍有名になった細いスティレットヒール、18金サンダル、そして目に見えないナイロン糸でできたサンダル等です。この「見えないサンダル」は1947年に「ニーマン・マーカス賞」を受賞しました。
    ■トップクラスの有名人が
    1950年には700人の従業員を使い、1日あたり350足の靴を製造するまでに成長しました。トルナブオーニ通りの店は、グレタ・ガルボ、ソフィア・ローレン、アンナ・マニャーニ、ウィンザー公夫妻、オードリー・ヘップバーンなど、トップクラスの有名人が靴をオーダーするためにわざわざ訪れるほどの名所となりました。
    ■将来への挑戦
    この時期、初めて製造過程に機械が導入されましたが、依然として一部の過程への導入にとどまっていました。サルヴァトーレ・フェラガモには、製造過程の中の単純な部分には機械が必要だが、その他はすべて職人の手仕事で仕上げねばならないという信念がありました。サルヴァトーレフェラガモの製品に対する完璧主義は、いまだかつて他社に生産ライセンスを供与したことが1度もないという事実からも、うかがい知ることができます。

【関連書籍】

    サルヴァトーレ・フェラガモの華麗なる靴 ステファニア リッチ (著)
    「素晴しい履き心地」「大胆な色彩と構成」「確かで新しい装飾性」など、今なお輝きを失わないサルヴァトーレ・フェラガモの名靴195点を収録。彼の劇的生涯を、フェラガモの熱狂的なファン、オードリー・ヘップバーン、マリリン・モンロー、グレタ・ガルボなど、有名人たちとのエピソードで綴る。

【通販サイト】

【ショップ】

    【店舗名】サルヴァトーレ フェラガモ銀座本店  03-3572-6600
    東京都中央区銀座7-8-2 B1~2F


【関連ニュース】


  • 2010年07月28日 アンジェリーナ・ジョリー、大胆ドレスで主演作をPR by AFP BB ニュース
    来日中のアンジェリーナ・ジョリー(Angelina Jolie)が27日、都内で行われた主演映画『ソルト(Salt)』の記者会見&ジャパンプレミアに出席した。
     この日のアンジーは、プレミアと会見で衣装をチェンジ。プレミアには、深いスリットがセクシーな「ヴェルサーチ(Versace)」のブラックドレスで観客を魅了。記者会には、「サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)」でトータルコーディネートしたパンツスタイルで登場した。

  • 2010年07月05日 アギネスやイリナも登場、フェラガモの新作フレグランス発売記念パーティ by AFP BB ニュース
    米ニューヨーク・スタンダードホテルのプールサイドで6月30日、「サルヴァトーレ フェラガモ(Salvatore Ferragamo)」の新作フレグランス「Attimo」発売記念パーティが開催された。
     フレグランスの広告キャンペーンを務めるモデルのドリー・ヘミングウェイ(Dree Hemingway)は、キラキラと輝きを放つ「フェラガモ」のブラックドレスで登場。「中にビキニを着ているんだけど、プールがガラスで覆われているから泳げないわね」と笑顔でコメントした。
     イタリアから飛んできたデザイナーのマッシミリアーノ・ジョルネッティ(Massimiliano Giornetti)とジョヴァンナ・フェラガモ(Giovanna Ferragamo)は今回のイベントに大満足の様子。「ニューヨークを訪れるときは常にワクワクしているの。昨晩到着して、たった2日しか滞在できないけれど、本当に楽しいわ!今夜のパーティも信じられいほど素敵ね」とジョヴァンナ。ジョルネッティは「このフレグランスの名前は“瞬間”を意味するんだ。今夜のパーティのエネルギーは、まさに新作フレングランスに相応しいものだね」とコメントした。
     そのほかにも会場には、モデルのアギネス・ディーン(Agyness Deyn)やイリナ・ラザルヌ(Irina Lazareanu)、ウラジミール・レストワン・ ロワトフェルド(Vladimir Restoin Roitfeld)など多数のゲストが出席。シャンパンやカクテルを片手に、休暇の話題で談笑したり、音楽にあわせて踊ったりと、深夜までパーティを楽しんでいた。(c)Daily Front Row/MODE PRESS

  • 2009年03月09日 【動画】<09/10年秋冬ミラノ・コレクション>オルティーズ、「サルヴァトーレ フェラガモ」新作を語る by AFP BB ニュース
    イタリア・ミラノ市内で1日、クリスティナ・オルティーズ(Cristina Ortiz)が手掛ける「サルヴァトーレ フェラガモ(Salvatore Ferragamo)」が09/10年秋冬コレクションを発表した。高度な計算によって構築されたシルエットにドレープが映える。第2の肌のように、薄くしなやかな透け感のある素材を使ったソフトなドレスなども登場し、全体的にフェミニンで洗練された印象となった。コレクションに際し、オルティーズが新作について語った。(c)AFP/parismodes.tv

  • 2009年01月20日 【動画】フェラガモ、映画『オーストラリア』のために靴を制作 by AFP BB ニュース
    「サルヴァトーレ フェラガモ(Salvatore Ferragamo)」のシューズは、ジュディ・ガーランド(Judy Garland)やオードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)、マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)、そして映画『エビータ(Evita)』ではマドンナ(Madonna)と、世界中のスターの足元を彩ってきた。

  • 2009年01月08日 フェラガモから環境に優しいバッグラインが登場 by AFP BB ニュース
    サルヴァトーレ・フェラガモ(Salvatore Ferragamo)の09年春コレクションに、環境に優しい製法を採用したバッグライン「エコ フェラガモ(Eco Ferragamo)」が登場する。同ラインのバッグは全て“環境に優しい”なめし技術によって製造されたレザーを使用している。

  • 2009年01月05日 フェラガモと映画『オーストラリア』のコラボレーション。シューズ'レディ・サラ'発売 by AFP BB ニュース
    】「サルヴァトーレ フェラガモ(Salvatore Ferragamo)」は、近日公開の映画『オーストラリア(AUSTRALIA)』のためにシューズを制作した。それを記念してシューズ'レディ・サラ(LADY SARAH)'を限定発売する。

  • 2008年11月12日 全身「フェラガモ」のエヴァ・アムリ、バズ・ラーマン監督祝賀パーティに登場 by AFP BB ニュース
    ニューヨーク近代美術館(Museum of Modern Art、MoMA)で10日、映画監督バズ・ラーマン(Baz Luhrmann)の功績をたたえるパーティー「MoMa Film Benefit Gala」が開催され、豪華セレブが祝福にかけつけた。
     会場には、ここ最近ファッションセンスの評価が高い女優のエヴァ・アムリ(Eva Amurri)も登場。先月は友人でデザイナーのクリス・ベンツ(Chris Benz)と「ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)」の提供でパリ・コレクションにも訪れていた彼女だが、この日は、全身ミラノ・ブランド「サルヴァトーレ フェラガモ(Salvatore Ferragamo)」で登場。ラーマン監督作品『オーストラリア(Australia)』のために限定でデザインされたベルベットとサメ皮のコンビシューズを合わせて、またも見事なコーディネートをみせた。(c)Fashion Week Daily/MODE PRESS


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