先日、NHKで川久保玲の特番をみました。
僕は毎回のコレクションで革新的な作品を作る川久保をすごいと思っていました。
しかし、あの番組を見る限り、彼女は作品を作っているとは思えません。
パタンナーに「恐いくらいの強い服」などの抽象的なことを言うだけじゃないですか。
実際にコムデギャルソンの服を作っているのはあのパタンナーたちではないでしょうか。
そうしてできた服が、川久保の作品として世に出て評価されるのは間違っているのでは?
ヨージヤマモトでもそういった感じで、山本耀司は口頭でイメージを伝えるだけだと聞いたことがあります。
これは、服の業界では当たり前のことなのでしょうか?
納得できません。
普通だと思いますけど・・・
「恐いくらいの強い服」って発想ってのは川久保玲であってパタンナーじゃないでしょ、パタンナーがそんな発想できるとも思えないし・・・
例えば企業の社長が会社周りなどをするのでしょうか?
自分はあれを見て川久保玲がますます好きになりました。
私もそう思います。方向性を示すだけでも大変な才能では無いでしょうか?
TV見てないからわからないけど、社長自ら服作ったり、社員に細かいところまで指示するような小さい組織ではないと思います。
逆に人に簡単に指示してあそこまでの服作るんだからデザイナーとしての才能と人を引っ張ってく才能があると思います。たまに青山のショップ行くと入り口に川久保さんがいらっしゃって、話をしたりお店の様子見たりしてますよ。自分のブランドを大事にしてると思います。
川久保玲さんがすごいのは知ってます。でも、何か物を作るというのは、大変な苦しみなんです。僕はすごくマイナーな雑誌に、くだらないエッセーを書いてますが、締め切りまでにそれなりのものを書くのは、本当に苦しいんです。
もちろん、僕に才能が無いだけかもしれませんが。
服と散文の違いかもしれませんね。
でも、デッサンぐらい書いてもいいんじゃないですか。それもパタンナーの創造を阻害するからだめなんでしょうか。
やはり、創造してるのは他のスタッフのような気がしてしまいます。
川久保さんはデザイナーでなく経営者に思えます。
それだけの信頼関係がパターンナーとの間に
あるのでは?
自分の抽象的な言葉を自分の思いと遠くない
形で具現化できるって言う、
アレはアレで一つの方法として彼女の作品って
言っても間違えではないと思う
>でも、デッサンぐらい書いてもいいんじゃないですか。それもパタンナーの創造を阻害するからだめなんでしょうか
デッサンを書かなくても、パタンナーたちには伝わってるみたいですね。どうも。
まぁそれが川久保玲のやり方なんだからいいじゃないですか。