ゴールデンウィーク明けてから、まともな休みが一日もない、という毎日を送っている。まとまった休みで仕上げるはずの仕事がまったくはかどらなかった、というか、手を付けなかった自分の責任だ。そんな日々のなかで一番の気晴らしは着物を着ることだ。着物については、この場所で何度もつたない私論を書いてきた。わたしにとって、着物はやっと最近「きもの」になってきたところ。ファッションと言葉の表記についても考えてみたい。
学生に教えられるまで忘れていた、職場の大学の建学記念日に、姫路まで絵を見にいってきた。姫路というととても遠いイメージだが、神戸からは快速電車で30分程で行くことのできる歴史のある城下町だ。画家の方は尊敬する人で、日頃の不義理などもあり、着物を着て出掛けることに急遽決めた。5月といえば新緑、まだ肌寒い日が続いていたが、もうそこに待ちかまえている輝かしい季節をイメージして、帯は明るいグリーン。それだけ決めておいて、何をあわせるかは後から考えることにする。
まず、不器用なのは、その服を着ることに困難があるということ。時間はかかるし、簡単に着られない。「着る」という、日常生活の「食べる」「寝る」という行為のように自然なことが、自分の国の伝統的な民族衣装を着るときは、簡単にはいかない。格闘することで発見があり、着るという行為について再考する時間が生まれる。
結局地味な紺地のウールの着物にあわせた。ちょっと暑いかなあと思ったが、季節の変わり目で、暑い日と寒い日が交互に来るような不安定な気候が続いていたので、問題ないだろう。わたしは気軽に日常着られるのでウールの着物が好きだ。今はほとんど製作されていないらしく、古着で見つけると気に入ったのがあればできるだけ買うようにしている。
ちょうどその日は、よく買う古着物屋の仲良くしてもらっている女性が店に出る日と重なっていたので、いつものように帯を結んでもらうことになっていた。
姫路城を見ながら大通りを歩き、路地に入ると清潔感のある町の画廊が見つかる。緊張しながら中へ入ると、新作がならんでいた。日常の慌ただしさがいっぺんし、そこには新しく萌える季節の風が吹いている。
わたしは「詩人の気持ち」というタイトルの作品に心を奪われた。小さな窓から青い本が外を見ている、という絵だった。煉瓦の家がその窓を囲むように、つる薔薇なのか、まだ花の咲いていない枝が煉瓦をはっている。冬の風景かもしれない。イギリスにいるとき、小さな窓の前に白い机を置いて、いつものヴィヴィアン・ウェストウッドのセーターを着て仕事をしていたことを思い出した。その棘が美しさを引き立たせるイギリスの国花。もうすぐあの花はあの場所で咲く頃だろう。
頭の後ろには花が咲いている。黄色い花。これは以前「ファッション論」でも登場したパンク・ファッションの好きな80代のおじいさんがやっているブティックで買ったばかりの首飾りだった。麻紐を編んで作られており、花の部分はワイヤーで古布がはりつけられ、和のテイストだ。ゴシック風に作られたアクセサリーだったが、地味な着物の髪飾りにぴったりだった。和装は後ろ姿にいつも気を配らねばならない。
仕事ができあがらず、催促をぬうように日々を送っているとき、文章のファンで、書かれた本を通してこちらが勝手にお世話になっていた方が、新刊本のサイン会を神戸の本屋ですることになった。わたしが現代ファッションの研究をする上で、なくてはならない書物があり、1995年に書いた修士論文で引用した本と2003年に書いた博士論文で引用した本をそれぞれ持って出掛ける。その本にも署名してもらう。
誘われた懇親会までには1時間ほど間があるので、着物に着替えてその宴席に参加させてもらうことに決めた。この日は日曜日で、古着物屋はお休み。自分で帯を締めなければならない。はて、さて、どうしようか。二部式になっている簡易帯を持っていたので、今回はその中から選んではじめて自分で帯を作ってみようと思う。
着付けは、イメージすると案外簡単なのだ。自分の体の中あるいは脳のどこかで、着物を着る身体感覚が遠くから蘇ってきて手を動かしてくれるのだろうか。当初は薄紫色の小紋を着るつもりでいた。これは少し早い紫陽花のイメージで、ファッションが季節をいつも先取りすること、また着物は特にその傾向が強いことを知っていたから、これで行きたかった。
その小紋に合わせようと思っていたのが、グレーのような渋いグリーンのシンプルな帯だった。キュプラとレーヨンで出来ているこの帯は、やはり絹の帯にはかなわない。シンプルなものは、素材がしっかりしたものでないと、まったくぺらぺらに見えてしまう。この帯では駄目だ。不器用な愛でも精一杯表現したいという気持ちはあるのだ。
そこで、結局ちょっと暑いかなと思ったが、姫路で着た着物を出してきて、簡易帯でも、色は真っ赤、黒と金で派手な刺繍が施されているものを選ぶ。柄の派手さで誤魔化したような感もあるが、帯揚げには藤色の端布れをアレンジすることにして、なんとか着付け終了。さあ、いざ、と思ったときに、帯締めがうまくいかない。
着物の最後はこの組紐にかかっている。タイトにミニマムに、しかし心して、文字通り全体を締める。この帯締めの時間を着付け時間に入れていなかった。簡単に結べると思っていたのだ。いうならばこの一本の細い紐を結ぶだけなのに、それに20分もかかってしまった。着付けができる妹の声を首で挟んだ受話器越しに聞きながら、最後の儀式をなんとか終える。
ゆったりとした気持ちで姿見に自分を映し、落ち着いて、着物は着なければならない。わかっていたのに、この不器用な愛は、どうにも、着物という衣装をいったん選んでから引っ込みがつかない。30分も後れて、会場となる台湾料理店へ。赤と黒の内装がシックな雰囲気のお店は、その味も格別だった。
その文章は読んだ先から忘れていく。それは心地よい音楽のフェイドアウトのようである。いろんなところでいろんなことをテーマに言葉を綴っているその人は、文章通り、しなやかに語り、やさしく微笑んでいる。消えていくことの自然。それは体のなかに染みていくのだ。そしてふと匂いのように、音のような瞬間をきっかけに、わたしに蘇ってくる。言葉が、感覚のように。
明るい時間は授業をして、仕事の帰りは船を見に港へ出て、家へ帰る。簡単な夕食を買ってきたもので済ませ、夜は原稿を明け方まで書く。そんな風に毎日を朦朧としながら、また体にむち打って過ごしていると、知り合いの植物作家の人が庭で摘んだハーブティを使ってアトリエでお茶会をするらしく、絶対これは行きたいと思い行く返事をする。
朝まで仕事をして、少し眠ってまだ出掛けるまでには時間があったので、夏のためにと今年買ったばかりの単衣の着物を着ることにする。その日も日曜日だった。半幅帯で簡単な蝶結びにしようと思う。これなら自分でできる。
気晴らしにおしゃべりでもしようといつもの古着物屋に寄ったときに、話し好きの常連さんがいた。いいなあと思って眺めていた黒い着物、触ると羽織ってみたくなる。鏡であわせてみると、着丈がわたしにぴったりで、しつけ糸がついているので、どうやら前の持ち主は一度も袖を通していないようだ。そのおばさんは店員より薦めるのがうまい。結局買ってしまった。
十字絣という文様のその着物は、ぱりっとしていて、適度な厚さもある。夏の着物の透明感は、不器用なわたしには品が良すぎて後ずさりしてしまう。そんなおそれおおい夏の黒も、これなら着られるかも、と一緒に帯も選んでもらう。前から憧れていた色の帯が見つかった。
毎月新しい季節の干菓子を出している和菓子屋で、ハーブティに合いそうなお菓子を選んでお茶会へ出掛ける。神戸で本屋をやっている人、カフェをやっている人などもそこに集まる。いつまでもお茶を飲み、いつまでもお菓子を食べ、いつまでも話しをする。他愛ない会話のなかに、ひとときの休息がもっている幸せを感じる。
ワイルドな緑の色と匂い、味まで楽しんでしまうぜいたくな時間。小さい頃住んでいた家に、木も花も草もあり、子供の頃庭が一番好きな場所だったことを思い出す。閑静な住宅街のなかにある白い家に辿り着いても、なかなか皆は中へは入ろうとせず、いつまでも花の名前や木の名前を教えてもらいたいと思う。フェンネルにつく黒アゲハのキャタピラー。companion plantsという相互補完的な関係にある植物。イギリスのものとは違う、作られていないその「ふつうの」庭のもつ貴さや有り難さを感じる一日だった。
ふと朝思い付いた蝶結びのアレンジは正解だった。
一昨年着物のことで小論(「<あなた>の著物(ロオブ)・時の背中」『化粧文化 45』 ポーラ文化研究所)を書いてから、去年イギリスでの研修を通して、ずっと着物のことを考えている。いまやアルファベットで表記されるべきkimonoは、目下の書き物のテーマなのだが、それは我々が想像するよりはるかに、ヨーロッパや戦後のアメリカから、デザインや技術ともに大きな影響を受けている。日本の伝統衣装という考えから自由になって、若い人たちが個性的に明るく着こなす「キモノ」は、うらやましいと思うが、わたしには研究対象でしかない。わたしには「きもの」だ。やっと自分の祖母や母が着ていた、自分の体の中に残っている身さばき/美さばきであることが感じられるようになってきた。長いこと着ないと、すぐに忘れてしまう感覚なのだけれど。
もともとは「着物」、着る物はこれを即時的に意味し、漢字であることも、遡ればつねに隣国のアジアとともに成長してきた国の輪郭を想うことができる。結論にはほど遠い終わり方だが、問うという形で今日は終わりにしたいと思う。
(2006,6,11)

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