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June 11, 2007
スキン+ボーンズ-1980年代以降の建築とファッション
スキン+ボーンズ-1980年代以降の建築とファッション
Skin + Bones: Parallel Practices in Fashion and Architecture
国立新美術館(六本木) 6/6~8/13

「スキン+ボーンズ─建築とファッションにおける近似性」
ブルック・ホッジ氏(ロサンゼルス現代美術館学芸員、展覧会企画者)
6/9
の講演も聴きました。おもしろかった。

10年前であれば、おそらく建築家の方はファッションなんて…と思ったであろう、ファッションより建築の方が上、知的、アート、という考え方が一般的だった。そしてどちらかといえば、建築の方がファッションへ近年、歩み寄って(近づいて)行ったという考え方だという。ファッションは普遍的というより、流行性、一時的なものという捕らえ方が強かったから。今でもそうですが。常にファッションは下ですよ。それでいいんですよ。
でもファッションでアートというと決まって必須、コムデ・ギャルソン川久保玲さんなのが、すごいのかまたかなのか、でもやっぱりすごい。。何年も前のコレクションでも今見ても古くなく、美しく、概念ポリシーがあり、普遍性があるのですね。着るものとして特別ファンではないのですが、アートであれば、これはすごいお買い得なんでしょうねー>日本のデザイナーの作品。海外の高級ブランドの服が何十万もするのであれば、5~6万で手に入れられる普遍的な作品。飾っておくのか。着て博物館に並ぶのか。でなくても、アート作品を着ているという充実感。ほんとはすごい日本の服?!
10年くらい前に建築のデザイナーの方にお話を伺ったときも、やはりファッションと似ている部分があるという話は伺ったことがあります。施主の方の意向を無視しては建築がありえないというのと、着る人の体形、要望、みたいなのに合わせるという服の使命みたいなのが似ていると。。大建築家の作品アートなら別だが、着る人、住む人があってはじめて服であり家であるみたいな話。
でも、やはり近似性とともに、圧倒的な相違点もあり、それはスケール(大きさ・規模)であり、時の流れ(流行・時代性)みたいなもの。服はどんどん失われてしまうのであまり気づきにくいけど、時代のスピードが早くなり、建物だけが残ってしまうみたいな感覚もあります。決してそれが最先端ではないけれど、恒久的でもないみたいな。。後から歴史的に眺めて、この時代の特徴的な建造物である、とかそういうふうに眺められる。服も残ってればそうでしょうから。。スケールに関して言えば、この展示ではファッション(服)と建築(建造物の模型や写真)のスケールが本来のものと逆転してしまい、服の方が大きくなってしまったのがおもしろかったとブルック・ホッジさんがおっしゃっていたのが印象的でした。
フセインチャラヤンのテーブルやいすのカバーがファッションになってしまうのや、ヴィクター&ロルフの人の一生をあらわす衣装をどんどん重ねていくのとか、改めておもしろい。個人的にはCHAD RALPH RUCCI のまさに骨(ボーン)のようなシーム(パーツ)を組み合わせて、ジグソーパズルのようにかがりつけてあるドレスがおもしろかったです。
ファッションにおけるボーンとは、骨組みを構成するパターン・型紙であったり、そのシームであったり、またはそのものずばりボーン(クリノリンみたいなスカートやコルセットなどに入れる骨状ワイヤ状のもの)もありますとのこと。スキンはもちろん布マテリアルそのもの、身体を覆い包む素材。第二の皮膚(スキン)といわれるもの。建築のボーンは、もちろん構造上の骨組み、スキンは外装のマテリアル、だそうです。近年はボーンとスキンが一体化したものもあるとのこと。
今後もリサーチ、研究が進むとおもしろい事例、新しい両者の動きが見られるだろうこと、興味深いですが。。日本では建築・ファッションどちらのデザイナーも多いし、こういう考え方好意的に受け入れられやすいと思う。でもアメリカではあまり受けなかったんではなかろうか?…などと思ったりも。。アメリカのファッションはビジネスであり、あまりこういう捕らえ方はしてないから。若い人の間(教育の現場)では熱心である、というようなお話もありましたが。ヨーロッパではどうなんでしょうか?
投稿者 mari : June 11, 2007 10:44 AM