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2005年01月05日
アパレル 【Apparel】
アパレルとは服装、衣服、装いことをいう。主に、外装、外衣を
意味するが、下着類を含めている場合もあり、広義では靴やアク
セサリー類を含めて使われることもある。近年、既製服という言
葉に代わってアパレル・メーカーなどと広く使われるようになり、
またこのアパレル・メーカーを短縮して、「アパレル」という呼
び方も、一般化している。(資料:「ファッション辞典」より)
【語源】
「Apparelは衣服、装うの古語に属するもので、アメリカでは統計
データにおいて公式語として用いられているところから、アパレル
・インダストリーなどのように使われている」(服飾辞典 文化出
版局)という。
一般的には、ガーメント・マニファクチャー、クロージング・マニ
ファクチャーがアパレレメーカーの意味。ちなみに、ある辞書にも
「アパレル」という言葉は登録されていない。認知されてないな。
【沿革】
1980年頃から、衣料問屋といわれていた業界もカナ文字のアパ
レル・メーカーに変身した。DCブームで若手デザイナーが活躍し
た時期でもある。一部の有名デザイナー、ブランドを除くとほとんどが
原宿界隈のマンションの一室で会社を起こし、原宿ラフォーレなどに
納品していた。マンション・アパレルとも言われた。
その意味では、ラフォーレは若手デザイナーの登竜門でもあった。
今は、あまり目にしないが、「鈴屋」もギャルソンなどを育てた有名店
だった。いわゆるパトロン的に若手に売り場を提供するセレクトショップ
の概念に似ている。
従来は、総合問屋、シャツ、ニット、パンツ、スカート、ドレスなど専門
問屋などがあり、限られたアイテムだけを企画生産していた。タケオ・
キクチなどがデビューした頃から、キャラクターブランドとしてトータル
で物を売ることが流行した。
各社本当の意味での業界リストラ(再構築)に励み、新人デザイナー
を育成して、新ブランドを続々誕生させた。その裏には、販売側で言えば
関東では、パルコ、丸井などがDCブームに貢献した。1980年代は、
アパレル・ブームであった。洋裁学校に優秀な人材が集まり、2年3年後
には、デビューできた。
その反動で、世界に通用するデザイナーが育たなかったのも事実だ。
面白いものは誰でも作れるが、着心地がいいものは、誰でもが作れない。
円熟した縫製技術もパターン技術も素材選定も必要だ。すべての調和が
とれて初めて着心地やよく飽きないデザインが誕生する。
若さを失わない40歳~50歳代のデザイナーの洋服に魅せられるのは
洋服の軽やかな感触や肌触りなどすべてに細心の注意を払っているから
だろう。若手は、技術よりも先にがむしゃらにデザインを追求すべきだと
思う。共鳴した人が、いつか本当に技術力がついた頃、大切なお客様に
なると若手には、敢えて言っている。
【今後】
今は、ライフスタイル型ブランドが主流で、アパレルメーカーからライフ
デザイン・ファクトリーに変身している。洋服だけでなく、靴、バッグ、イン
テリア、音楽関連まで手がけている。これも時流で、いつか終わる。
創業百年以上のシャツ屋さんや仕立て屋さんなどたくさんある。お金持
ちだけを顧客にして技術優先のビジネスを代々続けている。それでも、時
代感覚を失えば滅びる。
友達がシルバーアクセサリーを若者市場を避け、大人市場の丸善や伊
東屋などに納入している。手作りだからこそ、良さを知っている人に売りた
いという一心だ。私、アパレルメーカーの次の方向が見えて来た気がした。
商店街はいづれ専門化した集合体になる。進化の過程だ。その街とは、
きっとバーチャルな世界。質が勝負になる。しかも手頃な価格だ。安い物
を欲しないのが世の常。アパレルメーカーは、人を減らすことばかり考えず
80年代のように再構築する時期なのではないのか?有能な人材を生か
せない経営者の責任は重い。多くの若者がアパレルに就職を希望している。
役員は経営を若手に委ね、資本家に徹するべきではないのか?資本を集
める努力こそ社員や就職希望者のためになるのでは?大きくなるしか道は
ない。日本一の専業メーカーになればいい。次は世界一が待っている。
投稿者 kaz : 用語データ一覧