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書という文化を忘れて、キーボードを打っている。味わいがある書に出会うことがある。表形文字の漢字は、そのままがイメージを膨らませる伝達記号。絵と文字の組み合わせによって、明確な空間を作ることがある。あまり好きでなかった漢語の授業もこうしたら面白くなったのに。書の持つ意味も、全体を構成する情感も、すべてが個性につながり、新しい世界を創る。きっと、文字の持つ能力によって、新しいことが出来る。そんな気がしてならない。 |
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WE LOVE MUSIC!と単純なキャッチコピーが、胸を打つ。1959年6月から1969年12月まで10年放送されたポピュラー音楽番組「ザ・ヒットパレード」というフジテレビでやっていた。ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」がヒットした。洋物ポップスのカバーが多かった時代に、日本のオリジナル・ポップスが誕生した。中尾ミエ、弘田三枝子、飯田久彦などという人たちが活躍した時代だ。ポップスの軽さや明るさは、心を弾ませた。60年代は映画も音楽もファッションも軽妙で陽気だった。必ず、そんな時代に戻せるはずだ。 |
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ロンドンにいるみたいなイルミネーションが輝く店があった。「次」とも読める。単品コーディネートをするために考えつくしたデザイン設計のブランド「NEXT」。不思議にNEXTの手持ちの商品であれば、新作を買っても色合いが合う。しかも、格安。商品力があるのに、日本で定着しないのは、なぜなんだろうかといつも思う。海外ブランド=高級品というイメージ(空想)が、みんなになる。それも一理ある。グローバルだからこそ、いい物を探す眼も必要だ。 |
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横浜赤レンガ倉庫で石井竜也プロデュースの“平和へのねがい”ふたたび「GROUND ANGEL」の光のイベントが行われていた。GROUNDに立っていると地面に映し出された星やエンジェルと宇宙を旅しているような錯覚を覚えてしまう。子供たちがはしゃぐのもわかる。宇宙の彼方からやってくる星を見ながら時を過ごす。心をきれいに出来る瞬間だ。また、厳しい現実に戻ろうとも、ちょっと重荷から開放される。幸福の根っこは、きっと寒い空から降ってくるわずかな光かも。 |
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ショッピングビルが低層階化し、平面化している現在、8階や9階までお客を上げるのに苦労しているビルや百貨店が多い。ワンフロア・ワンブランなどと言っても広すぎて運営、維持ができないのが現状。次第に、CDショップなどが入りるが、ワンストップで、巡回しないお客が増えてしまう。ブースをいっぱい作ってインディーズ・ブランドや学生に格安で提供すればいい。1フロアに100ブランドでも200ブランドでもあれば、毎日がお祭りみたいで楽しい。都心だから出来ることっていぱいある。チェーン店に魅力がなくなってしまったのも、面白さや遊び心が消えたためだと思うのだが。 |
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パチンコ屋の店頭にパーティドレスの女性たちのパネルが並んでいた。ミスマッチな違和感を覚えながら、ジャージ姿の中高年とする姿が妙に笑える。バブル経済崩壊後、等身大という言葉が流行した。身の程知らずに高額なブランドを買いあさっていた人たちへの痛烈な批判だった。等身大な生活に戻すとか、見栄を張らないなど様々な対応策が、登場した。博打や賭け事は、見栄の根源かもしれない。きっと、等身大に生きている人は、余分なあぶく銭はいらない。こつこつ、貯金をしている。塵も積もれば山となる。 |
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獣が人里に出現する事件が相次いでいる。生態系を破壊するとこうなる。人間だけの地球でないことを教えてくれ。生きることの大切さ。生きることの難しさ。生きるためには、なんでもする。これが生物。人間も必死で生きるべきかも。楽な道を選ぼうとする。生きるために、反対する勇気も必要だ。熊や獣より怖いのは、知らないまま決まってしまっている法案の数々。いづれ、生きことさえ出来ない時代がやってくる。 |
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ペット・ブームも加熱気味。小型犬ブームで、ドッグ・ウェアがばか売れ。ついに羽織袴まで登場。狂っている自覚がなくなってしまうのは、一体何なんだろうか?サンタクロースの洋服を着せて散歩しているのを見てしまった。何だかな??そんなとき、ネイルアートで、人差し指だけアカと緑のツリー柄、他の指が雪の結晶柄の女の子を見た。お洒落を知っている女性がいた。狂っていない世界に戻った。 |
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クリスマスが終わると和風のお正月のデコレーションが始まる。百万円のおせち料理が売れる時代だ。2000年問題以降、休暇を家で過ごす人達が増えたためだそうだ。明治以来、和洋折衷という思考は、変わることなく続いている。近代は、キリスト教とイスラム教の戦いが続いている。宗教など関係なく、お祭りをする平和教の日本。この思考が地球を救うと思うのだが。 |
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日本でも、テレビドラマ「Sex and the City」が、女性達に静かなブームだそうだ。人間の3大欲望をたくみに取り入れた点が、人気の秘密だとか。食欲、性欲、社会参加欲だそうだ。有料テレビだから、タイトルもずばりセックスという文字を使い、また出演者もマイノリティのパーセンテージなど気にせず制作できる。全体的には、インターネットなども影響して性に関してオープンになりつつある傾向。女性学とセクシャリティをテーマに性教育を研究し、1996年、ラブピースクラブを設立した北原みのり女史のショップなどは、頂点を極めているように思える。本音を言える時代こそ、次へ進む原動力になると思う。男たちは興味本位だけでなく、相手を愛し、歓ばせるためにも、勉強した方がいいかも。男の視点で作られたビデオや雑誌が、まだまだ多い中、女性側の本音で制作したドラマや雑誌や本が登場してれば、もっと楽しい人生を送れそうだ。あせって離婚をしなくても、済むはず。 |
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1994年にドルチェ&ガッバーナのディフュージョンラインとして誕生したD&Gは、ドメニコ・ドルチェ[DOMENICO DOLCE]とステファノ・ガッバーナ[STEFANO GABBANA]の二人によるブランド。大概、ピンでデビューするファッション界で、ミュージシャンのようなデュオというのも新鮮だった。売り込みも重要。ちなみに、ディフュージョン[diffusion] とは、普及、伝播の意味で、価格設定なども若干安めにした普及版のこと。 |
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渋谷駅の構内にあるユニクロを見て、ロンドンの地下鉄の通路に出現した当時の靴下や下着の専門店を思い出した。常識を覆すことが、ビジネスの原点。いつでも、どこでも、買えること。商品もコンビニ感覚。 |
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店頭に並べられた魚の尾びれが綺麗だった。どんなに優れたキャッチコピーより、現物を見せる効果は絶大。意外に整然と規則正しく並べることが出来なくなった今、見習う点が多い。ディスプレー(diasplay)とは、陳列、展示を意味する。お客の目を引き、選びやすく買いやすいように、商品に演出性を与えることを言う。ウインドウ・ウォッチングという、観るだけのアプローチ期が大事。買うかどうか、入るかどうか迷わせるこの期間で決まるとも言われている。迷わせる力こそ、ディスプレーの面白さかも。 |
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反戦運動に積極的に参加する若者達がいる。音楽やTシャツやイラストで訴える平和への願い。平和だからこそ出来ることっていっぱいある。軍人よりも市民、庶民が犠牲になる近代戦争。世界第二次戦争でも、軍人50%民間人50%だった。最近の戦争では、10%対90%だと言う。非武装の民間人は、まるで家畜のように扱われている現実。平和であって欲しい願い。日本の若者達が、地球を救う日が近いと願う。 |
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1980年代に活躍し、1986年、26歳の若さで死亡したモデルのジア・キャランジ[Gia Carangi]。彼女の話に基づいて映画化した「GIA ジア 裸のスーパーモデル」(1998年アメリカ)のビデオを観た。個性を主張するスーパーモデル、その草分け的な存在だった彼女は、モデルを静から動へ押し上げた功労者である反面、麻薬中毒など蔭の部分も多い。レスビアンであったことも衝撃だが、彼女の影響かどうかは定かではないが、現在のモデルでもその傾向が強い。思想や価値観が、大きく転換していくアメリカの歴史を見ることが出来る。その役をアンジェリーナ・ジョリー[Angelina Jolie]が、熱演している。 |
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「江戸っ子は、宵越しの金を持たない」のでなく、「宵越しの金を持てなかった」のが真実らしい。借金やレンタルが普通だったとか。溜まりにたまった借金の決済期限は、大晦日が普通だった。だから、十二月は、返す方も貸した方も大忙しだったとか。家のローン、車のローンが当たり前の現在も同じように宵越しの金を持てない。それなのに、ここお台場のように、観光地だけは、とにかく混んでいる。江戸っ子も観劇と旅が好きだったとか。プチ旅行、ぶらり旅、日常からの開放、逃避。それでも、大勢の人が集う非日常空間。海が大好きな日本人にとって、ロケーションは大事かも。 |
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マッキントシュのアップル・ストアが銀座に出来た。音楽、グラフィック、映像関係だけでなく、医療関係者も多いマックファン。グレーと白とスケルトンの先端カラーで登場。商品が少ないのが気になるが、熱烈なファンがいっぱい。スケルトンっぽく撮ってみた。 |
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1930年生まれのソニア・リキエルは、普段着のニットをモード界のステージにデビューさせた「ニットの女王」と呼ばれたフランスのデザイナー。黒を基調にした大人のファッション。ショッピング・ピンクが美しく映える。 |
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クロ、黒、くろ。エレガントな黒の集積。フランス人哲学者サルトル[Jean-Paul Sartre (1905-1980 ) ]の実存主義を思い出す。実存主義がどんなものかを庶民に教えてくれたのが、シャソン歌手のグレコ[Juliette Greco]。コクトーは「グレコの持つもっとも高価な宝石は、その黒いセーターの下で鼓動を打つその心である」と言った。黒に包まれ、顔と手だけの彼女が舞台に現れる。知性にあふれ、するどい瞳は観客を魅了したと言う。存在感をあらわす色、黒。多くの人を魅了してやまない。 |
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大型のメンズスーツ専門店が、大都市の駅前に進出する時代、パチンコ屋さんや銀行や金融が陣取っているよりよっぽどいい。ファッション系や物販系のお店が駅前にあると心も賑わう。パリ市は、高さなど色々な規制を設けて、景観を守っているという。市条例や区条例で、駅前進出を規制すべき時代なのではないのだろうか。文化や景観を守ることは、市民と行政の義務かも。 |
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春を思わせるほど軽快な演出のお店。スキップするように弾んだ気持ちにさせてくれる。重苦しいコートやジャケットが多い中で、この店は爽やかですっきりしたプレゼンテーションをしている。それもそのはず、室内はいつもあったかい都会の生活では、厚手のコートとブーツさえあれば、快適に過ごせる。OLやキャリア・ウーマンと言われるビジネス・シーンが多い女性のための演出店も新鮮だ。 |
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梅田周辺をキタという。心斎橋の方を南という。キタで有名なエスト一番街という高架下のショッピングゾーンは老舗だ。当時、「阪急ファイブ」といわれた「ヘップ・ファイブ」が、1971年開業だから、たぶん二十年以上ここにある。梅田に来ると必ずここに寄る。若者を観るのには、ここがいい。ただただ、歩けばいい。昇ることも降りることもない。だから、便利だ。 |
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大阪の知人は、「関西の人は、全員がお笑い系と思っているでしょう」と嘆く。まともに、女性を口説くときだってある。ツ込みを入れない場合だってある。最近、関西の全国化が気になる。田舎にしかいないような、メッシュ帽に水泳キャップのB系やヒップホップ系などの子がいまだにいた。東京と違うファッションやモードを好んでいた昔が懐かしい。ある意味、世界に通用する大人のファッションが存在していたのに。おとなしめのベーシックな感じがするのは、ぼくだけだろうか?ツンクや新庄選手がやったような派手で勢いのあるスタイルが消えた。タイガースが勝ったからこそ、ここは派手に行くしかない。この意見もまた、知人に怒られそうだ。恋人たちの街、大阪。いつまでも、若さを保って欲しい。 |
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「大阪くらしの今昔館」には、大阪の本来もっているビジネスの基本と美学が、詰まっているような気がした。しいては、日本人全体の話なのだろうが、江戸時代の平民の多くが裸足で生活していた頃に、草履をはき、下駄を履き、質の高い素材のキモノを着ていた町民がいた。芝居とお笑いと遊びを好んだ町民たちは、ある意味エリートだったのだろう。長屋などもリアルに再現されている。風呂もトイレもないが、狭いのに、住み心地がよさそうだ。ここにいるだけで、時代をワープした錯覚を覚える。江戸の文化は、まだまだ未知の部分も多そうだ。クリエーターにとっては、なぞを解く面白さは格別かも。世界が、日本を待っている気になることは確かだ。 |
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展示場に、バス住宅の模型があった。「第2次世界大戦の空襲で、焼け出された人々の救済のために建設された仮設住宅のひとつに、廃車になった木炭バスを利用したバス住宅があります。旭区豊里町には、26台のバスをメガネ形に配したバス住宅がつくられました。家賃が安く、隣近所のつながりも深かったことから住み続ける人も多く、城北バス住 宅は昭和26年まで存続しました」とある。戦後なのに、お洒落なことをしていた人たちもいた。米国では、トレーラーハウスで暮らす人が多い。日本もそうなるのかも。貧乏してもお洒落心と遊び心を失いたくないね。大阪の人たちに、お洒落さんが多いことに感銘。 |
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天神橋筋六丁目駅の近くに「大阪くらしの今昔館」がある。通称天六といわれているこの界隈は、庶民的な商店街だ。今昔館では、江戸時代の呉服屋のバーゲンを再現していた。軒下に吊るした生地は、風になびいてきれいだったろうな。 |
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ルナパークを観たい人は、天六にある「大阪くらしの今昔館」に行ってみることを薦める。模型で再現しているのだが、本当にモダンな新世界だった大阪の姿を見ることが出来る。今にも、モダンボーイやモダンガールが登場しそう。エキセントリックなトリップをしてしまいそう。大阪には、お洒落な人たちがいっぱいいたんだと実感できる。 |
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通天閣の展望台の売店。六本木ヒルズの展望台とは違い、誰が買うのかわからないようなお土産がいっぱい。しかも、値段が高い。誰が買うのだろうか?古さもなく、味わいもないものをセレクトしている。売れない洋服屋さんみたいでした。バイヤーさん??必見。 |
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「1912年7月に大阪市民の度肝を抜いた一大歓楽地「新世界」が誕生。娯楽遊園地「ルナパーク」と64mという東洋一の高さを誇った「通天閣」が誕生した瞬間だ。パリのエッフェル塔と凱旋門を模した破天荒なイメージで人気を集め、やがて大阪のシンボルとして親しまれていった」という。戦争さえなければ、解体されずにいたら、お洒落なまま、今でも人気があったのかもしれない。どうも、新世界は、危険地帯となり、イメージが悪い。その通天閣に、初めて昇ってみた。大阪中が見渡せる絶景だ。 |
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年末は、ゴールとシルバーものが、映える。とにかく、目立つ。そして、大胆に大げさにパーティをする。忘れたい一瞬。そう、忘年会。 |
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男の子と女の子が、百貨店のウインドウを観いている。いくつまで、サンタクロースの存在を信じているのだろうか?百貨店の中には、子供たちが夢を見るおもちゃがいっぱい。米国では、クリスマス・ホリデーに、半年分の売上をしてしまう店もあるとか。無宗教に近い日本人にとっても、クリスマスは特別な日。最近は、心温まる家が必要な子供も増えてきた。寒いときは、助け合う心を育てるチャンス。マッチ売りの少女はいなくなったけど、心が凍ってしまいそうな子供たちがいる。助け合う心をいつまでも持ちたい。アフガニスタン駐留米軍が、塀に囲まれた住宅の敷地内でボール遊びをしていた子どもたちに、A10攻撃機が機銃掃射を浴びせ、子ども9人が巻き添えになり死亡したというニュースを聞いた。アメリカ本土の子供の命は重く、彼らは虫けらのように軽く扱われ死んでいく現実。キリストは、何をしたいのだろうか?もうすぐ誕生日だ。 |
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お笑いの吉本興業の若手が、ファッショナブルになってきたと関西の知人に教えてもらった。うめだ花月に行った。「芝居もん」と「ネタもん」の二部構成。笑い転げてしまったので、ファッションのことなど気にも留めなかった。失敗。ただ、観客は、いまどきのオ洒落な女性ばかり。男の子が少ない。確かに、ジャニーズ系かも。芝居もんは、つかこうへいの劇を見ているみたいに洗練されていた。吉本新喜劇のコテコテのお笑いの雰囲気からは、想像もつかない出来だ。そんな芝居小屋や寄席に行っても、その土地の伝統と文化が残っている。特に、インスタントで手短になったテレビ出演によって、みんなが知っている芸人も多い。だから、生の寄席で観ることをお薦めする。確かに、笑う角には福が来るかも。 |
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梅田、狭い筋や路地や交差点を行き交うひと、人、人。ショッピングビルや地下街に人波が、吸い込まれていく。群集とは、こういうことなのだろうか。どんな格好をしていても、誰一人、他人など気にもとめない。それが大都会のいい点だ。集れの体温の温かさにほっとする。実は、みんなひとりぽっち。当てもなく歩いていると、幸せがつかまそうな気になる。人情より愛情。そんな街なのかも。ええとこやん。 |
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阪神の優勝年のことし、梅田のクリスマスは、ホワイトクリスマス。晒(さら)にしてがんばるための白。大繁華街っていう感じの大阪。商売繁盛って感じの大阪。お洒落すぎる大阪かも。 |
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長距離の新幹線のプラットフォームに、大きな荷物を持ったビジネスマンや観光客が佇んでいる。新聞、雑誌が渦高く積まれたキオスク。情報戦争最前線の中身は、いつもと変わらない。東京を含めた首都圏は、禁煙が徹底している。だから、駅舎を出た瞬間の灰皿が、タバコの煙で蔓延する。ものすごい勢いの煙だ。という、僕もおととしまで、一日百本近く吸っていたヘビー・スモーカー。三十年近く一日たりとも休まず吸い続けた。突然、ある本を読んでやめた。簡単にやめられたので、驚いた。5年ぶりに大阪に行った。と、タバコだらけの世界が待っていた。東京は、綺麗になったと痛感した。 |
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最近のヒット曲や流行歌を、街で聞くことが少ない。ある評論家が、「昔は、レコードが三十万枚しか売れなくても、誰でもが歌詞を知っていたほど、商店街や路上で流行歌が流れていた」とテレビで言っていた。街から音楽が消えてはいないけど、BGMなどに変わってしまった。国民的な音楽など誕生する余地がないのか。そうでもない、CMなどで大ヒットする。師走という感覚も消えた。街の持つ魅力が消えそう。でもでも、ネオンがある12月は、特別に素敵だ。いつまでも、いつまでも、たとえ、ネット通販や宅配が購買の中心になっても、店や町を残す必要がある。師走だからこそ、人ごみが温かい、暖かい。 |
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セクシーポーズも時代とともに変化する。最近の女子中高校生などは、超ミニスカートの制服の下には、水色の体操パンツをはいている女の子が多い。百年の恋も醒めてしまうウエアリングだけど、自己防衛としては賢明だ。セクシーさとは、頭脳を駆使した知的なゲームだから、直情的な野蛮な男には、理解できない。光文社の小説物「Vコレクション」が、女性達に静かなブームだ。知的なお洒落の決定版。男も女も、知的なセクシーでありたい。 |
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気ぜわしい時期、突然、お茶をしたくなる。喧騒を感じながら、心を落ち着かせる、けだるい午後。せわしい東京っ子たちにリラックスという言葉は、似合わない。秒針のように、昼も夜もなく、忙しく回り続けている大人たち。優雅にお茶する女性の視線の先に、哲学者ソクラテスがいたりして・・・・。「汝自身を知れ」。自分と向き合う時間がない現代人、他人のことはかり気になる現代人。哲学がいま、必要かも。 |
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月の砂漠をゴージャスに桃色駱駝でトリップ。夢の世界を旅する乙女たち。贅を尽くしたバブル時代が来ない変わりに、貧富の差が拡大している。億万長者の若者たちがいる反面、タバコ代に事欠く定職のない若者がいる。学習能力に差があるわけでもないのに。年末は、親の七光りが煌びやかに見えてしまう時期かも。政治、芸能、スポーツ、官僚までもが世襲制のように子供が継ぐ社会。狂っているように見える。ゴージャスさの中にも気品や貴賓がなければ、本物とはいえない。パーティの楽しい時期は、50歳過ぎてからかもよ。いつまでも、いい女!いい男!でいますように。 |