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May 31, 2004

屋台

屋台屋台

夏が近づくにつれ、屋台料理が食べたくなる。
アジアには、涼を楽しむ文化がある。
赤の他人同士が、肩をすりあって、飲んだり食べたりする文化が。
日本にも、道路と店の際がない世界があった。
縁台を出して、ご近所とスイカを食べたり、将棋を打ったりした世界が。

貧しいからこそみんなで、肩をすりあって生きていた。
今は、お金があっても、心が貧しい。
だからこそ、肩をすり合え、涼を楽しむ場が必要だ。
屋台や屋外の食事は、心のオアシスであり、心のアイデンティティ。
暖簾が、「みんなで、楽しもうよ」とでもいっているようだ。

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May 30, 2004

勇気

勇気

所狭しと飾られた商品の数々。NY発の高級店のディスプレイだ。
リッチ感もゴージャス感もないディスプレイに驚愕。
とても、ショッキングな光景に唖然としていると
来店客に会釈をしながら、ドアボーイがたっていた。
場違いなところにきてしまったような違和感があった。

間違えであってほしいと思う反面、
ディスプレイを許可した人たちの勇気に拍手する。
いいじゃないの、いいじゃないの、
もっともっと驚かすことをしてほしいと応援したい気分になっていた。
思い切りが大事だと痛感した夜だった。

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May 29, 2004

王朝

王朝

アジアに王朝文化というものが存在した。贅を尽くし、あらゆる富を
手中に収めた王様がいた。そんな時代を思わせるような店の演出。
とれたての花々が敷かれ、甘い香りを漂わせているベットルーム。
誰もがあこがれるそうな、広々とした空間があった。

王朝文化=民族の文化とは思わないが、そこにも特徴がある。
水が高いところから裾野に広がるように、文化や様式も自然と
庶民に広がったと思われる。
王室は、範を示す高貴な生活が求められた。もう、そんな時代は終わった。
どんな国でも、悪例を示す政治家だけが、のさばっている。
この店は、そんなことを考えていたのだろうか。高貴とは?と。

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May 28, 2004

東洋百貨店

東洋百貨店東洋百貨店

下北沢のピーコック裏に、東洋百貨店というビルができた。
ビル内は無名の店がほとんで、インディーズ系のブランドが多い。
本棚のようなボックス型のレンタルコーナーに出品できる店もある。
格安なので、女の子がアクセサリーなどを持ち込んでいた。
とても、店内はのんびりしていて、ペンキ塗りをしている店長もいたほど。
レトロ感とのんびり感が昭和30年代なのかも。

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May 27, 2004

ボディ

ボディ

なんとも妙な光景に出くわす。
道路際に、二体の人台(じんだい)があった。もちろん、店舗のもの。
人台とは、洋裁用ボディのことで、衣服を立体的に仕上げていく過程に
必要な人体の模型のことをいう。芯地とスポンジでできている。

一方、店舗のディスプレイ用には、顔がついたマネキンやボディ
(イタリア語でトルソー)などが使われる。
ディスプレイ用のボディは、形も素材も自由なのでデザインが豊富。
ラタンなどかごのような素材のものもある。
店の人によると、脇役のボディだが、無口なのによく売ると言う。
ボディも店員なんだと納得。

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May 26, 2004

脱力系

脱力系

テレビではないが、南青山界隈を歩いていると第一若者発見。
男の子だけが、たむろしている絵は、妙に不思議に映る。
脱力系ということばが、流行っている。力が抜けるのか、
力を抜くためか、わからないが、時代を反映している言葉だ。
コンビになどに座っていた若者達とまた違う、新感覚だ。

HALKA(ハルカ)とYUKALI(ユカリ)というヒップホップの少女
ユニット「ハルカリ(HALCALI)」は、脱力系の代表的存在。
「ダラダラとした気持ちよさ」が受けている。
確かに、聴いていると癒しと違う新しい感覚に魅せられる。
がんばるだけでは、解決できない時代なのかもしれない。
若者達を見ているとそんなことを思ってしまった。

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May 25, 2004

海

バナナのように浜辺に横たわるウインドサーフィン
6月末から7月初旬にかけて海開きの行事が行われる。
海水浴ができるということらしいが、すでに泳いでいる人もいた。
湘南に近いこともあってか、暑い=海岸が連動する。
海は大好きだ。南国も大好きだ。

まだ流行する前に、わざわざハワイでウインドウサーフィンを習った。
バブルだったから、結構、暇な人たちが、ハワイに押し寄せていた。
結局、ハワイの海水を大量に飲んで、涙をいっぱい流しただけで終わった。
しかたがないので、ボディボードに乗ったら、重くて浮かない。
本当に、涙、涙の思い出が、ウインド・サーフィン。
海は大好きなんだけど。南国も大好きなんだけど。

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May 24, 2004

PLAYBOY

PLAYBOY

アメリカのプレイボーイ社(PLAYBOY)と日本のスーパーラヴァーズ
(superlovers)
が、ライセンス契約して作ったPLAYBOY青山店は、
成功したようだ。プレイボーイといえば、セクシーなピンナップ・
ガールを掲載しながらも、一般の書店に流通させた男性誌の草分け
的存在。蝶ネクタイをしたうさぎのバニーがトレードマーク。日本
版PLAYBOY
を出している集英社のホームページには、懐かしのうさぎ
が登場する。

1953年創刊で、しかもマリリン・モンローが、初代のカバーガ
ールをつとめたといわれる雑誌のトレードマークのバニーは、ワン
ポイント・ブームの1970年代に大流行した。トレード・マーク
の良し悪しは、今でもリピーターといわれる継続的な購買客にとっ
て重要な要素。飽きない、忘れない、嫌がらないトレードマークは
、そうそうない。2003年に「PLAYBOY創刊50周年記念写真集」な
ども発売されたという。これも、またアメリカの文化。

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May 23, 2004

専門店

専門店

モーター・スポーツの店があった。
昔から専門店とは、専門特化した店のことを言う。
洋服屋も専門店だが、これほど乱立すると
看板を変えても、内容は同じ店ばかり。これが現実。
だから、誰のためか、お客の顔が見える店を作るのが鉄則とか。

明確でシンプルなメッセージは、共感者を呼ぶ。
何のための店か、誰もがわかるようになる。
そうして、小さな店でも繁盛する。
ブランドもアパレルも同じだ。
誰のために作るのか?がわかれば、売れる。一番難しい。

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May 22, 2004

お土産

お土産

江ノ島には、お土産というイメージを払拭するほどデザインのレベルが、
高いバッグやビーチサンダルが、並べられていた。江ノ島の展望灯台も、
モダンなデザインに変わっていた。時代とともに大きく変わるものと、
まったく風化せず、変わらないものとがある。どちらも大切だ。
白か黒かつける必要もないと思うのだが。新旧が同居しているから楽しい。

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May 21, 2004

在庫

在庫在庫

天井までうずたかく積まれた服の山。奇妙な光景が広がっている。
若者向けのテレビ番組では、「ステラネネーゼ」(捨てられない意)
というコーナーもあるくらいに、狭い部屋に洋服がいっぱい詰まっ
ている状態の女の子もいるらしい。

主婦の間では、過去一年間着なかった洋服は処分、新調したら、古い
洋服を同じ数だけ処分するという整理整頓術が普及しているとか。
売れるだけの在庫を一定の状態に保つことをマーチャンダイジングと
いう。売れるものを売れるだけ仕入れる術だ。これが、難しい。
それにしても、この在庫、どういう風に出し入れするのだろうか?

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May 20, 2004

バティック

バティック

最近、バンブーといわれる竹を使った店舗が増えている。アジアっぽ
い感覚が、即席に出せる効果があるが、NYなどでは、昔からオフィス
ビルのエントランスに使っていたほど、洗練されたプラントなのかも。

また、バティックで有名なパリ市マレ地区のテュレン通りに本店のあ
るANTIK BATI(アンティック バティック)は、グリーンの絞り染めを
エレガントに演出していた。ヨーロッパの人が、感じるアジアを表現
したブランドとして、注目されている。

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May 19, 2004

インテリア

インテリア

インテリアや家具が、静かなブームだという。エクステリアと言われる
ガーデニングや外装は、他人を意識するため、趣味や主義を徹底的に表
現しきれない場合が多い。反面、インテリアは、内なるもの。好きなよ
うに、自由にレイアウトできる。余裕があれば、春夏、秋冬をがらっと
変えることもできる。

豪華一点主義という時代もあったが、今は個性やテイストを味わうトー
タルイメージの時代だ。NY風、英国調、ミラノ風、エスニック感覚
ど洋服と変わりがないほど、様々なスタイルがある。洋書や雑誌も多い。
インテリアは、旅と連動すると言われる。旅先の感動がそのまま、住居
に取り入れるきっかけになる。トラベル、インテリ、ファッションが、
連鎖して、つながる。

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May 18, 2004

バッグ

バッグ


鎌倉の小町通りに船の帆に使われる丈夫で厚手の帆布を使ったオリ
ジナルバッグの店「鎌倉帆布巾(かまくらはんぷきん)」がある。
和風の観葉植物にマッチした色使いがきれいなものばかりなので、
帆布というイメージと程遠い。異質なものを組み合わせることをミ
ス・マッチという。敢えて、普通使わない素材をエレガントなデザ
インに使うことやゴージャスなジャケットに、ボロボロのジーンズ
を履いたりすることだ。

バッグは、特に使用頻度が高いので、パーティだけの華奢なものは
別にして、大概、丈夫で長持ちするものを買う。革製のバッグなど
は、使い込むことによって、飴色になっていく過程が大好きだとい
う人もいるほど。手間隙かけて、手入れすると孫の代まで使える物
もあるとか。きれいな色に誘われて、衝動買いしたくなるのもわか
る気がする。

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May 17, 2004

海のある

海のある海のある

湘南の中でも、大人が楽しめる空間がある。葉山町だ。御用邸、葉山
マリーナ
日陰茶屋サンダル専門店げんべいなど有名な店も多いが、
葉山通に人気の高いブティックがある。葉山町一色の「かやの木テラ
ス」というところにあるSunshine + Cloud(サンシャイン・プラス・
クラウド)
だ。上質な生地を使い、丁寧な縫製で、おしゃれなアダル
ト世代をとりこにしているブランド・ショップだ。

葉山町が、優雅に暮らす人のための空間なのかもしれないが、ハイソ
な雰囲気の圧倒される。確かにプライス・ラインは高いが、質がいい。
アミューズメント・パークと大型ショッピング・センターが乱立する
首都圏の新興住宅地に、嫌気がさしている人が多いはず。趣味と実益
を兼ねて、海のある空間に引っ越すのもいいかも。ヨーロッパの小さ
な田舎町のような感じがした。

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May 16, 2004

自由

自由

夏が近づくと、カッコいいアウトドア車が、どこからともなく登場する。
フロントを下ろして、フルオープンで風を切って走るとすべてを忘れら
れる快感がある。ゴーグル無しでは走れないが、男だけで、ワイルドに、
走る楽しさは、格別だ。無言のまま、ただただ、海に向かって走る。

欲望や雑念から開放された無の境地でありながら、
エクスタシーのような、ナチュラルハイのような
状態になった思い出がある。多分、坊主の修行も
同じようなものかもしれないと、考えたことがある。

マラソンランナーも同じ状態になると聞いたことがある。
麻薬やドラッグを使うことなく、体内から覚醒分泌する。
真の自由を味わえない、最近の若者達は、不幸だと思う。
身も心も開放さえできれば、トリップできるはずだから。
もうすぐ夏、
心を欲望や雑念から開放し、真の自由を味わってほしい。

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May 15, 2004

軍もの

軍もの軍もの

コム・デ・ギャルソンのジュンヤ・ワタナベが、青山の骨董通りに
1月16日から6月30日まで期間限定でオープンした店がある。
ハッピー・アーミー・ストア [HAPPY ARMY STORE]という軍もの中心の
ショップ。軍だけに、かなりマニアックな商品郡が、ならんでいる。
基本的には、ラブ&ピースを訴えているのだろうけど、春夏コレク
ションをそのまま、このゲリラ・ショップに移植しただけに見える。

それにしても、米軍のイラク兵捕虜に対する虐待ぶりに怒りを覚える。
基本的な人権など、存在しない世界が、終戦後にも起こっている実態。
有色人種、異教徒に対する差別や偏見が、面々と続いている証拠かも。
アメリカの白人の多くが、アジア人に対して同じ感情を持っている証。
有色人種や異教徒は、家畜と同じ扱いを受けても、当然と思っている。
戦争の悲惨さよりも、人間の本能の恐ろしさ、残酷さに驚いてしまう。

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May 14, 2004

古着

古着

日本初のヨーロッパ古着の量り売りショップ「パーグラムマーケット」
の出現にどぎもを抜かれた。業界同士では、処分品をダンボール箱1個
一万円とか、中身を見ずに買うようなことが頻繁に行われたというが、
ゲーム感覚で、古着を、グラムで買う仕組みは、合理的かもしれない。
ヨーロッパの古着という点が、オリジナリティが人気を呼んでいる点。

洋服で価値を重さで換算するのは、原料のとき。羊の毛や綿花のとき。
生地になると、長さで換算する。どんな高価な生地も、メーター換算。
重さで買う人はいない。一枚のスカートを作る場合、その長さを用尺
(ようじゃく)という。一つの衣服をつくるのに必要最小限の布の長
さのことだ。
古着になって、重さに戻った。なんだか愉快な気分になる。愉快愉快。

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May 13, 2004

モノトーン

モノトーン

静かな深海にいるように、無彩色のモノトーンの世界を垣間見ている。
白と黒と濃淡のあるグレーが織りなす、ハーモニーの世界を見ている。
優美に、静かに、華麗に舞う踊り子たちの舞台衣装のようにも思える。
モノトーンによって不思議な世界に入り込んでしまった錯覚を覚えた。
美しさだけを追求した、耽美主義のような完璧さを、感じてしまった。

耽美主義は、「美」の実現を至上の目的とした芸術活動のことを言う。
谷崎潤一郎、三島由紀夫などの作品にみられる、非道徳的で退廃的な
美しさに潜む意識は、本来相反する軍国主義や民族主義に利用された。
昔は、浪漫主義、懐古趣味、異国趣味など漢字で書いた。そのために、
庶民が直感的に感じたのかも。文学や芸術が、輝いた時期が、あった。
洋装店も主義主張(コンセプト)を漢字で書けば、新鮮な感じになる。

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May 12, 2004

帽子

帽子

一度、帽子をかぶり始めると、やめられなくなる。
なぜだか、頭の辺が被り物がないと落ち着かない。
案外、そんな経験をした人は、多いかもしれない。
ついつい、気に入った帽子があると買ってしまう。
家の中に、何個も帽子があって、片付けできない。

誰でも帽子には、様々な思い出や思い入れがある。
この間、戦争映画で少女が、兵隊のヘルメットに、
きれいな花を、飾ってあげていたシーンがあった。
暴力と殺戮の象徴のヘルメットが、平和のシンボル
のように見えた。こんなことを、提案できればな。

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May 11, 2004

レトロ

レトロ

オリンピックのためか、颯爽と歩くスポーティな人たちに目が留まる。
明るいヴィヴィッドな色の組み合わせにも、その年のにおいを感じる。
ほどよいレトロ感覚が、ある人に郷愁を、ある人には、近未来を誘う。
過去、現在、未来という時間の流れ(トレンド)にそって生きている。

流行やファッションという生き物が、生死を左右することはないが、
人生のときめきや閃きを感じることは、しばしば、あるはずだ。
オリンピックも、終わってしまえば、たかがスポーツ。
流行も終わってしまえば、たかがトレンド。
それでも、いつも熱くなる気持ちが大切だと思う。

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May 10, 2004

歯車

歯車

都心に吸い込まれるように、電車に揺られながら、人が運ばれてくる。
すべての道がローマに続いたように、同じ方向を目指してやってくる。
ひたすら、職場や目指す姿は、希望に満ち満ちている訳でもなさそう。
将来の不安を解消するためにも、働くと決めた、という人も多そうだ。
みんなが望む仕事のありかたが、近い将来必ず見つかると信じている。

どうにも止まらない狂った時代の歯車は、生活を圧迫し、苦しみを増産
するかもしれない。貧富の差、能力の差が拡大し、悪の連鎖が起こる。
そんな時にこそ、心だけでも優雅に、森羅万象の美への追求をすべき。
どんな時代でも、いかなるときでも、人は尊厳を持って生きているから。
社会の歯車はとめられないけど、心のドアは自由に大きく開ける。

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May 09, 2004

アジア

アジア

鎌倉の小町通りには、和風の店が多い。
日本趣味のことをジャポニスムという。
アジアっぽいテイスト(趣向)も、21世紀に入ってから流行している。
何気に引き込まれるアジアの熱風にも似た思い。
アジア主義思想の父といわれた岡倉天心という思想家を思い出す。

「西洋近代の弊害(パワーと効率への偏重)を克服する価値観として、
仏教をはじめとする宗教的価値観(愛と寛容)がいかに貴重か」を
説いた人物だ。太平洋戦争の嫌な思い出ばかりが邪魔をするが、
アジアは、ひとつだと思う。その思いは、地球はひとつにつながる。
ファッションでも、アジアプロジェクトが、始まればいいのに。

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May 08, 2004

予測

予測予測

階段を登っていくと壁一面に大きなオブジェが飾られていた。
店のオーナーらしき人物が、商談らしく、立ち話をしていた。
僕は、目で「写真を撮らせてください」と放つと、
オーナーらしき男性は、「どうぞ、どうぞ」と声をかけてくれた。
「あうんの心」だと、感心しながらシャッターを押した。

最近は、人の心を察することを忘れてしまっていることが多い。
何がしたいのか、何を望んでいるのか気にもしない場合がある。
売れるから、視聴率があがるからと本末転倒のメディアもある。
人間は、予測できる動物だ。だか、将来を極度に不安に感じる。
だから、人の心を察することもできる。いい、勉強をした。

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May 07, 2004

廃墟

廃墟

廃墟を撮った写真集が売れていると言う。廃墟というとニューヨーク
のハーレム(Harlem) をイメージしてしまう。奴隷解放が決まった20
世紀初頭、貧しい黒人達(アフリカ系アメリカ人)が、次から次へと
高級住宅地だった空き家に住みついていったという。1920年代に
は、ハーレム・ルネサンスが起こるほど、黒人文化がはぐくまれた地
でもある。

ちなみに、ハーレムは、17世紀にマンハッタン島北部を入植者のオラン
ダ人達が、オランダの街のハーレム(Haarlem)という名前からつけたら
しい。また、ニューヨークは、当時のイギリス国王の兄弟のヨーク公の
名前からとった。今では、ニューヨーク市は、マンハッタン(Manhattan)、
ブルックリン(Brooklyn)、ブロンクス(the Bronx)、クイーンズ(Queens)
、スタッテン島(Staten Island)の五つの地区で構成されているほど巨大
化している。

廃墟に文化が誕生するかどうかは、疑問だが、東京も同じように空ビル、
空屋、空店舗が急増している。いたずら書きや器物破損など廃墟してい
く様は、ハーレムに似ている。街を再生するためには、公共性を取り戻
す以外に方法がない。今流に言えば、みんなでシェアしあうことなのだが。

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May 06, 2004

代官山

代官山
代官山

代官山には、東急線に沿った通りがある。
もちろん、同潤会(どうじゅんかい)アパートが、
近代的な高層ビルに変わった前からある。
建物もお店もそれぞれ個性があって、通行人を楽しませている。
古着系、ストリート系、セレクトショップなど様々な顔がある。

壁一面に英字が並んでいたり、
看板が無造作に並んでいたり、
通行人が並んで歩いていたりする。
地元で経営するオーナー店が少なくなっている現在、
若者文化を育てようとする、粋のよさを感じる通りだと思う。

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May 05, 2004

鯉のぼり

鯉のぼり
鯉のぼり


鯉のぼりは、江戸中期に庶民の間から町民のアイデアで生れましたらしい。

 『おかしげ』によると「戦国時代の初期、各大名家には、子供部隊
 が存在し、各大名家では、「子供だから手加減してあげてね!」と
 言う意味を込めて、ひと目で子供だと分かるように、背中に鯉のぼ
 りを背負わせた』ことから、江戸時代に端午の節句に使われるよう
 になったという説もある。

風がふく季節だからこそ、大凧揚げや鯉のぼりが盛んになったのだと思う。
それにしても、中国の登竜門の伝説になぞらえ、竜門の滝を登り切ると
鯉が竜になるように、我子も健康に育ち、将来は大きく出世して欲しい
との気持を込めたものだという。様々な分野で登竜門が、なくなったよ
うに思える。努力を嫌う世相が、そうさせるのだろうか。出世という言葉
も空しく聞こえるが、鯉のぼりのように羽ばたく勇気は必要だと思う。

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May 04, 2004

アラブ

アラブ

アラブ風の不思議な感覚を覚えた。
国立民族学博物館によると、2004年はアントワーヌ・ガラン(Antoine Galland)が、
「アラビアンナイト(Arabian Night=千夜一夜物語)」をフランス語に翻訳し
ヨーロッパに紹介してから300年目にあたる年だとか。
「ひらけ、ゴマ!」と唱えると、大きな岩に取り付けてある戸がさっと開き、
そこには、あらゆる金銀財宝が山のように積まれていた夢物語に冒険魂を感じた。

今は、世界中が否応なく中東問題に直面してしまう。
しかも、もっと血なまぐさい民族問題、宗教問題、エネルギー問題などが
複雑に絡んで、利権のための戦争をしている。負の連鎖。
豊かなアラブのイメージとは、程遠い世界が映像によって伝えられる。
せめて、演出だけでも夢の世界を再現しようとこの店はがんばっていた。
なんだか、うれしくなる。

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May 03, 2004

自分隠し

自分隠し


二階にbird song cafeというカフェがあるものの、
一階に店名がない。あるのだろうけど、見えにくい。
今は、自分隠しが流行しているのだろうか?
英字だけど、音読できないようなブランド。
殻にこもる時代なのだろうか?

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May 02, 2004

何を

限定

行列のできる店。
朝から静かな住宅地の一角に、若者が並んでいる。
何を求めているのだろうか?
学生やサラリーマン、男だけが静かに待っている。
限定、レアという言葉が、寂しく感じた日だった。

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May 01, 2004

広告

広告

ラジオ体操をするブルトーザー。
閑静な住宅地にもアートがやってきた。
オーストリアなどの広告塔は、アート感覚で満ちている。
行政が規制しているのだろうか?鑑賞に堪えられる広告が多い。
市民が積極的にかかわる問題が、街の展示物、広告。

醜い広告を見ているのか、大人が情緒を失いかけている。
目立てばいいという問題ではない。
全体の美観を配慮したカラーリング、デザイン、サイズが必要だ。
自分さえよければ、それでいいという訳にはいかない。
市民のための広告でなければ、意味がない。

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