中学生のために


アメリカのアフリカ系アメリカ人のヒップホップやラップは、日本で人気がある。「日本人は、黒人の現実を知らない」とm-floのVerbalが、ニューズウィーク誌(3月6日号)のインタビューで語っていた。ボストンの貧困地区で生活した彼は、「10歳の子供が生活のために通りでドラッグを売る現実を目にした」と言う。「非行少年の更生施設で数学と英語を教えていた」とも。

「ヒップホップは、貧困地区のストリートから脱出するためのものなんだ。渋谷の場合は逆。ヒップホップはストリートに出るためのファッションだ」と窘めていた。貧困の悲惨さを体験した言葉は、重い。今、日本は終わりのない不況に突入している。70年代ロンドンで、若者達が職を失い、街に屯していた。日本が高度成長している真っ最中で、英国でも、安い日本製のラジオやテープデッキなどが飛ぶように売れていた。そんな折、反社会性の破壊的なパンクが誕生した。女王批判、政府批判など政治的な意味を含んでのデビューだった。当時の戦う女性ヴィヴィアン・ウエストウッドは、今やファッションの女王になった。
70年代の英国の社会状況と現在の日本が、似ている。目的の定まらない群れは、暴徒と化すか、破壊を繰り返す。抑圧されていた心が開放された瞬間、古臭いモノすべてが邪魔になる。破壊から創造へと言い尽くされた言葉通り、若者の多くが音楽に道を拓く。良識ある大人達が、腐敗や汚職、官僚主義を浄化させるために動き出したときでもある。公共事業の民営化の道を模索し始めた。民営化によって職を失う人も増えるが、新たな道を作ることで雇用の創出が始まる。庶民には、苦しく長い不況だった。

そんな折、リチャード・ブランソンのヴァージン・レコードのように、19歳で起業し、若者による若者ための若者の音楽市場を創造し、大成功を納めた。社会環境が悪化する中で、人は最大限の潜在能力を発揮する例だ。彼は、「攻撃は最大の防御」ということわざのように、果敢に未知の世界にチャレンジした。17歳で学校を中退し、学生のためのオピニオン雑誌「スチューデント」を創刊したことは有名だ。新しい時代のための準備は、中学や高校時代からスタートしている。こんな時代だからこそ日本でも大物経営者が、誕生するような気がしてならない。

貧困がこれから本格化する日本だからこそ、ヒップホップやラップなどに込められた「貧困から脱出する精神力」が、重要だと思う。ヒップホップやラップの曲には、暴力、麻薬、銃などに反対する平和へのメッセージが込められたものが多いという。音楽は、差別や偏見などなく、世界中で共有できる調べ。古い概念や常識に囚われず、新しい道を自分で切り拓くしか道がない。米国不況の頃、ヒップホップやラップが流行したように、誰にでも、どこにでもチャンスが転がっていると思うと夢が膨らむ。(館長:井上和美)