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アンファッショナブル・ファッション日記 2007年3月

No.1 (2007年3月)

3月某日 あの言葉


今夜は誘惑に打ち克ち、仕事を終えて、まっすぐ家に帰ってきました。もう書かない、あの言葉は!

戻ると友人から本が届いており、よく見ると宣伝予告の頁にわたしの名前がすでに刷られてるよ。まだ一行も書いていなので、あせります。映画でイギリス文化を語る内容でシリーズもの。わたしはファッション中心ですが、好きな監督であるケン・ローチやマイク・リーなんかも扱う。時間があまりないので、早速催促が来ており、早く取り組まねばならない。

今日は全身黒のファッションで。なぜなら、あの言葉の誘惑を表現したかったからです。もう自分で作るしかないかなあ。そういえばゴルチエが衣装担当した映画もあって、ひさびさにゴシックなかんじをかぶります。ゴシックヌードルということで。ああ、あの言葉、書きたい!


3月某日 麦の穂をゆらす風


DVDが4月25日に出るらしく、原稿書くのに間に合わないので、大津まで映画を見にいかねばならない。今週から来週は3月いちばんの仕事ピーク時期なのに、眠いわ、移動時間が惜しいわ、しかしあの映画、映画館でもう一回観るのへヴィーや。自分で選んだのでしょうがない。軍服の話、ナショナリティを象徴する色や歌。


3月某日 チェリーボム


部屋の掃除をする
猛烈に
夕方は深夜になり
やがて朝になり
また雑巾もっていた
おひなさんを出すために

苺の焼菓子をお供えにして
お内裏さまは左側にして
ひとつひとつ
一年ぶりの春ですね
ふたりの白い顔には
触れてはいけないらしい

掘り出しものがあると出掛けた
神戸古書会館で見つけたのは
「おひなさまの飾り方」
神戸三越のリーフレット
古い薄いものを買う春の日

ねむたい
旧節句で
おいのり
桜爆弾


3月某日 卒業しなきゃ。


今夜でゴシックヌードル卒業しました。一緒に来てくださった方々、有り難うございました。また、夢でゴシックヌードルの幻を見させてしまった畏友にもお詫びを、申し訳ありませんでした。これからは自分で作るようにします。さようなら、黒胡麻担々麺という言葉。一ヶ月半ほど、ほぼ毎週、週に二回のこともあった、創作中華のお店でいろいろ食べたが、店の雰囲気、店主の接客、他料理などほとんどよく覚えておらず、後半これだけを食べることも多かった。ー辛いだけの刺激にあらず、滋養にもよさそうで、しかし中毒性があるので、手放しにおすすめしがたく、しかし、悠久な黒い河のように流れ落ちていくあの美は味わっていただきたくもありー 黒胡麻担々麺団長の返上。


3月某日 オーダーメイド・ウィークエンド


わたしはここ数年着物研究をはじめており、戦前と戦後の着物の変化などを特に洋装との関係で調べてます。大阪は北新地で割烹やってるおかみさんに妹が大量に着物や帯をもらったので、新年にふんぱつして買ったわたしの帯にあいそうな紬をそこから頂戴してたのですが、織田作之助ならこれやろう、ということで、その紬と、結局帯は着物つぶして作った半幅帯で合わせ、出掛けました。

「忘れじの人」が原作の本邦初公開の貴重な映像が出ると、情報もらった人(父)は鼻息荒かったですが、映画そのものもとてもよかった。「船場の娘より 忘れじの人」が公式のタイトル。主演は岸恵子で、モノクロでしたが、娘時代の着物の柄や、芸者時代の着物の着方との違いなど、はっきり映像でわかります。一緒に行った友人は、「オダくん」といまでも呼んでる老詩人が参加するトークショーが目当てでしたが、それもおもしろかった。織田作之助は、オダサク、と呼ばれることがあまり好きでなかったらしいですが、そのパロディか手紙の最後に「織田作」と書いて「オーダーメイド」とルビを振ったりしていたらしい。

トークショーと映画の間の20分ほどで、本においしいケーキと珈琲を三人でかきこみました。わたしの友達とご一緒さしてもらう父はいつも気前よく振る舞おうとし、お金遣うことが趣味みたいな人で、母にいつも叱られてるので、そばで見ているわたしは、なんだか複雑です。先日はお酒をご一緒させてもらった友達ともうまくミングルしており、今回も違和感ないように思いました。あとにもさきにもこのようなことは今回二回目で、不思議なサンガツです。

結局、カウンターでねぎ焼ときのこ焼きそば、渥美二郎を愛する若者のバーでカクテルを二種類作らせてもらい、最後は法善寺に本に近い友達の馴染みのバーで朝を迎える、仕事だけの日常のはずが、しばし息抜きもできた週末でした。


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