No.4 (2007年10月)
10月某日 キラキラお釈迦様
今フリマボックスにはまっている。一箱のスペースを月ごとに賃料を払って借り、好きな商品を好きなように並べるシステム。仕事の資料集めによく行く図書館のそばにあるので、一仕事終えて息抜きに立ち寄る。
一箱ごとに世界がある。洋服、靴、財布、本、陶器など置いてあるものも様々で、もはや単なるリサイクルショップとはいえない。そこは手作り市のような空間で、おもしろくてあっという間に時間が過ぎてしまう。わたしが通っているところは、商品の回転が速く、また空いてるボックスはない。買い物客も次から次へと入ってきて、籠を持ってまとめ買いしてる風景も珍しくない。人気スペースのようだ。
今日はひときわめだっていたボックスがあった。今ラインストーンやビーズなどで何でもキラキラさせてしまう「デコ」が流行しているが、デコ文化発祥の町である神戸らしいボックスというべきか。箱いっぱいの小さなキューピーがタイかインドの王子様のようにデコられている。わたしは金と茶のきらびやかな衣装をつけた携帯ストラップを購入。友人はそのデコラティブなキューピーにシャカムニというあだ名をつけた。
10月某日 死んでも働きもの
テレビで死んでからも働いてる人のことを特集していた。どのくらい経済効果があるのかが計算されていて、エルビスプレスリーとジョンレノンがダントツだった。ジョンの誕生日が10月9日で命日が12月8日。この時期なんかいつもイベントをやっている。
ジョンの魂よ永遠に、とか、平和を実現しよう、とか、誕生日とか命日というタイミングはわかりやすいのかもしれないけど。こないだニュースになってたポール(マッカートニー)の慰謝料とかもすごかったしなあ。ポールは死んでないか。
ビートルズは死んでも働かされてる感じがしてしょうがない。今自由にテーマ選ばせて英語で文章書かせる授業をやっていて、ビートルズと今の音楽の影響を選んだ学生がいる。死んでから疲れることはないと思うが、これだけ働いてたら安らかに眠れないような気がしてしょうがない。
10月某日 おかしな終曲
時々ピアノを弾きに行ってたお店が最終日。ぎりぎり間に合って出かけると、マスターがわたしの好きなアイスクリームをサービスで出してくれる。一抹の寂しさを感じながら話す。閉店でなく、オーナーが変わり、店はリニューアルされるという。
もう多分行かなくなるだろう。明るくも暗くない照明は心地よく、時代を経ても美しい良質のビロードの椅子、目新しい食べ物も飲み物もないが信頼できるシンプルなメニュー。古くて良いものがなくなっていく。すべてはお金と考えたくないけれど、利益を度外視していた経営方針のためだったと聞いた。
大好きだったグランドピアノはどうなるのか。マスターとピアノにありがとうを言う日。わたしはモーツァルトのソナタを弾く(簡単なやつ)。これでもかというくらい速く弾いて、おかしな終曲になった。
10月某日 いい店とは
一点しかない、丁寧に手作りされる、個性的ー価格と折り合いがつけば、どうしてもわたしは作家ものに目がいってしまう。いいお店とはいい商品があることだと思うが、いい商品だけでいいのだろうか。
日頃何かと世話になっている妹の誕生日に何をあげようか迷っていた。忙しさにかまけてとっくに誕生日は過ぎている(ジョンと同じ日)。休日によく歩く町へ出ると、ヨーロッパにある小さな家のような素敵なアクセサリー店ができていた。イタリアで修行したという美しい女性がアトリエ兼ねて店を開いたばかりらしい。数字をモチーフにしているもの、レースを使ったもの、繊細なだけでない精錬されたデザインがすごく気に入る。お茶をいれてもらいながら長いこと作家さんと会話が弾む。結局妹の好きな鳥を美しい真鍮を用いたデザインで作ってもらうことになった。
ここまではよかったが、わたしはその時お金を持ち合わせていなかった。代金を支払ってから制作に入ると言う、それは当然だと思うけれど、もうとっくに誕生日は過ぎていて、なんとかわたしとしては10月中に間に合わせたい。後日、できるだけ早く作ってもらいたくて店に行ったら、店は開いているのに、あのときの作家さんはいなかった。その時店に居た人にはうまく事情が伝わらないのがもどかしい。
休みを取ってるらしく、急かすように休日に連絡してもらうのも憚られ、しかしまたすぐ来店する日がわたしも取れない。デザインは信頼して最終おまかせします、と言ったけれど。誕生日プレゼントで急いでいるのも彼女は知っていると思うけれど。ああどうにかならへんもんなんかなあ。
あと何回店に来ないと品物が手に入らないのだろう?それを考えると、合理化されたサービスを求めてしまう自分がいる。あるいはもっと家庭的で融通のきく対応を。 作品と商品、作家と店主、バランスを取るのは大切なことに違いないが、わたしは「お客」でしかないのだ。